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元よしもと・ホリプロ芸人松稔の芸能裏話(46) NHK演芸大賞決勝進出!

元よしもと・ホリプロ芸人松稔の芸能裏話(46) NHK演芸大賞決勝進出

NHK演芸大賞の予選に出た、これは芸暦10年未満で賞を取っていない組と売れていなければ誰でも出られる。

1回戦は課題漫才、これはみんな同じネタをしなければいけない。

課題の台本が面白くないのであまりやるきがしない。

しかしこの課題が通らないと自分達のオリジナル漫才が出来ない。

のちに課題漫才はなくなった。意味無いもっと早くなくして欲しかった。

無事に課題漫才が通った、そして次の日はオリジナル漫才だった。

オリジナル漫才の方は自信があったので楽な気持ちでやれた。

予選2位で決勝に進んだ、この調子で行けば敢闘賞は確実だ!上手く行けば最優秀新人賞

も獲るかもしれない。

そうしたらテレビにも出られるし、仕事も増える希望は膨らむ一方だった。

この時、通ったグループに紳助・竜介が入っていた。

芸暦10年近い組から1年位の組まで、バラエティーにとんだ10組だった。

決勝は一ヵ月後、オリジナル漫才だけなので気楽だ!!

出来れば賞を取って演芸大賞は今回限りにしたい、その一心で毎日必死に 稽古した。

そして決勝の日がきた、流石に決勝なるとお客さんが沢山入っている。

静まり返った場内、緊張感が高まって来た。

僕等の前の組がすべっている、嬉しいようなでも複雑な感じだ。

いよいよ僕達の出番来た予選の時はリラックスしてやれたのに、気合いが空回りしてあまり受けていない。

焦れば焦るほど泥沼に入って行く、受けていない空気が客席に伝わっていくのが分かる。

声も小さくなっていく、間が悪くテンポが速くなって蟻地獄にはまったようだ。

嫌な汗を掻いてやっと終った。

今回はベテラン組が多いせいか、お客さんに年寄りが多すぎるのも原因だと思う。

ベタなギャグとか叩いたりコケたりしたら笑うような客が多かった。

僕等はそんな馬鹿笑いは作りたくなかった。

でもその頃はそんな客に合わせなくてはいけなかった。

当時22歳だった僕等が50歳以上のお客さんを笑わすには無理があった思う。

ベテラン組みの人達はそこそこ笑わせていた。

内容は相方の顔がブサイクやとか、足が短いとか、頭が禿げているとか身内受け見たいな低レベルなネタだった。自

分達が笑われて、お客さんに優越感を与えるのが当時の笑いだった。

僕等は笑われるのではなくて笑わせるネタをやりたかった。

紳助・竜介も僕等と同じ信念を通していた。

早口でヤンキーネタや年寄りを攻撃するネタだった。

最初のうちはお客さんも付いて来なかったけど、彼等のペースにはまり段々受けて最後は大爆笑だった。

年寄りにも新しい笑いが受け入れられたみたいだった。

そして全員が終り審査会発表の時間がやってきた。

僕等は失敗したので賞は取れないと覚悟した、しかし紳助・竜介は一番受けていたので最優秀賞だろうと思った。

全員が舞台に板付きになって審査の発表を待った。

『最優秀賞は』ドラムロールが鳴った、芸人もお客さんも固唾を飲んだ。

『中田○○・○○』客席からどよめき湧いた、僕等も納得がいかなかった。

紳助・竜介の方が遥かに受けていた!!中田○○・○○は年寄りには受けていたけど、ベタの漫才で新鮮味も無いし!?どうしてと言うどよめきだったのだろう。

紳助・竜介は敢闘賞に終った。

表彰状を貰う時、紳助は悔しさで涙ぐんでいた。

そして貰った花束を足で蹴ってその場を立ち去った。

NHKはお年寄りに受けるような漫才を支持したのだ。

先を見る目がなかったと言うことかな!?

こんな時代だったから若い人がお笑いを観なかったのだろう!!

紳助が授賞式で花束を蹴った事で、NHKの番組は出れ無くなった。

本人も意地でも出なかった!!

その後紳助は、若い人に受ける漫才を貫いて今の漫才ブームを作り上げた。

と言っても過言ではないでしょう。
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プロフィール

nobu0114

Author:nobu0114
松 稔(まつみのる)
お笑いプロデューサー・お笑い塾主催
本名:松下信幸
生年月日:1953年1月14日
出身地:兵庫県芦屋市
サイズ:身長165cm 体重60kg
最終学歴:東京デザイナー学院グラフィックデザイン科卒業
趣味:旅行・スポーツ観戦(プロレス・野球・サッカー)
特技:少林寺拳法
主な経歴 https://www.facebook.com/minoru.matsu

‘77 お笑いの殿堂、吉本興業でみのる&ゆたかで京都花月デビュー‘80 笑の会、芸術祭大衆部門優秀賞
‘85 コント松竹梅結成 ・NTVお笑いスター誕生敢闘賞・ABCお笑いコンクール新人賞
‘86 NTVお笑いスター誕生ウチャンナンチャンに負け、惜しくも準優勝
‘87 CX花王名人劇場「東西爆笑新幹線」「やすしの慢才教室」‘88 NHK演芸ひろば「ギャグコレクション」
‘89 ホリプロ第1号お笑いタレントとしてスカウトされる NTVドラマ「堀の中の懲りない夫婦」
‘90 TBSドラマ22「宇宙刑事シュワッチ」 CXおにゃんこクラブ・オールナイトフジ
‘91 NTV 愛は地球を救う‘92 ㈱ビッグストーンでタレント養成 ねるとんパーティ企画主催
‘93  That’s 笑ライブ主催(お笑いライブ)毎月1回開催食Kingライブ(エンターテイメントライブ)6月~8月毎日3ヶ月開催
‘94  トーイボックスでタレント養成 元気な歯ぐき(お笑いライブ)‘95サンミュージックでお笑い講師 東京アナウンサー学院でお笑い講師・サンミュージック 雑技団(お笑いライブプ)東京アナウンサー学院 笑いの鉄人(お笑いライブ)
’96 ものまねの鉄人(モノマネライブ) バルズコメディキング/㈱オーガストクラブでタレント養成 お笑いファイティングライブ
‘97  オーガストスーパーライブ(お笑いライブプロデュース)  痛い2BAR 佐伯玲子・神奈月他
‘98  自由ヶ丘サムチャイライブ主催 えんがちょライブ主催 我楽苦多ライブ主催
‘99  THAT’S笑ライブ再開 デヴィエス笑ライブ主催 BATTLE LIVE主催
   コメディ&ダンスキングプロデュース(お笑いのNo1を決めるライブ)Zucca松みのる塾開設 Zuccaライブ笑主催 
‘00 お笑いトライアスロン ‘01 大宮BATTLE★LIVE‘02 渋谷BATTLE★LIVE ‘02 ひばりプロダクションお笑い人生一路
‘03 テレビ埼玉『笑金王』プ ‘03 お笑いプロダクション/オフィス笑門福来顧問‘04エンタメ笑LIVE・笑劇派‘05エンタメグランプリ ‘06おもしろ交流会「元気で愉快な社長さんに逢う会」‘07お笑い&格闘技トーナメント ‘08女子キックボクシングエンタティメント部門 ‘08ショーレストラン「笑龍門Show ryu mon」‘09笑築売show chiku by設立・異業種交流会主催
‘10エンタメ笑MAX・ライブステージSirius-Bシリウス・ビープロデュース ‘11大道芸イベント主催・第一興商DAM倶楽部セミナー講師
‘12ビジネスランチ異業種交流会主催・婚活イベント主催 ‘13一期一笑☆de逢交流Party/元気で愉快な社長ランチ会・講演
‘14~15大井町どんたく大道芸・中野わいわい祭り大道芸 ‘16宮古島あぱぴん共笑国設立
★仕事
 ◎お笑いプロデューサー/新人タレント・芸人の発掘/大道芸人/お笑いライブ/お笑い芸人・ものまね・マジック・大道芸人の派遣/
 ◎セミナー講師①営業に役立つユーモアコミュニケーション術②たった一回で覚えて貰う名刺の作り方③スッキリ収納の方法
 ◎異業種交流会/ランチ異業種交流会/楽しい生前葬Party/一期一笑☆出逢い交流Party/芸能マスコミ交流パーティー他
★芸暦
吉本興業10年・ホリプロ5年お笑い芸人を経て、お笑いプロデューサー・イベント企画制作
直接指導した芸人に、幹てつや・さまぁ~ず・イジリ岡田・スマイリー菊池・ 神奈月・鳥居みゆき・超新塾・はなわ・カンニングなど
吉本の同期/島田紳助・明石家さんま・大助花子・サブローシロー・桂小枝/東京の同期ウッチャンナンチャン・大川興業・ダチョウ倶楽部・ピンクの電話
★セミナー実績
  「たった一回で覚えて貰える名刺の作り方」「ビジネスマンの為の相手の心を開かくトーク術」 「すっきり収納術」
  「笑いで相手の心を開かす方法」「吉本おもしろ裏話」「笑いと健康」「笑いは地球を救う」
「おもしろコミュニケーション術」 「ボケ防止の為のマジック講座」「漫才講座」「宴会芸・かくし芸講座」
楽しい生前葬の薦め「60歳になったら生前葬」「楽しいことは元気なうちに!!」「ハッピーエンドノート」

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